旧約聖書 考古学からの証拠

ギルガメシュの叙事詩

(叙事詩とは伝説や歴史の事実を物語のように述べた詩のこと。)これは古代の王ギルガメシュの驚くべき経験を語っています。この粘土板は1848年に始められたニネベの王宮跡の発掘で出土しました。これは紀元前650年頃に翻訳されたアッシリヤ版であり、その原典は紀元前2000年頃にシュメル人によって書かれたものと思われています。これは、1872年にイギリスのジョージ・スミス氏によって翻訳されました。その中にある大洪水の記録と創世記の記事の間にはいくつかの驚くべき共通点があります。
   洪水が天から送られた。
   主人公が神(神々)から、箱舟を作るように警告を受けた。
   文明は洪水によって滅ぼされた。
   水の様子を調べるために鳥が使われた。
   洪水が引いてから祭壇が作られ、供え物がささげられた。
しかし、そこには一つの大きな違いがあります。聖書は天地を創造した唯一の神を教えていますが、ギルガメシュの記録によると、洪水の後、神々は腹をすかせ、祭壇の上にささげられたいけにえにハエの様にたかったとあります。 比較。詩篇50章7〜15節

ヌジの粘土板

1925年から1931年にかけて、アメリカ東方研究所(The American ?Schools for Oriental Research)はチグリス川の東にあるヌジで発掘を行い、その結果、紀元前1500〜1400年のものとされる二万枚の粘土板が発見されました。これらの粘土板は中近東における聖書の族長時代の生活様式を知るのに重要な情報を提供してくれます。
ヌジ板の中には結婚契約書もあり、不妊の妻が子供をもうけるために、夫にそばめを与えるのを義務づけているものもありました。それにより、創世記16章でアブラハムにそばめを与えたサラの行為や、創世記30章でヤコブにそばめを与えたラケルの行為が当時の生活様式を反映していたことが分かります。また、もし男が妻をめとるための持参金をもっていない場合、その代わりに男は妻としたい女の父のもとである期間仕えることも出来たと記されていました。その様にヤコブは創世記29章18節で、ラケルのためにラバンに仕えました。また、当時、家庭の守神、あるいはテラフィム(テラピム)は相続権の権利証書としての役割を果していました。この事実は創世記31章19、30節で、ラバンの家のテラフィムが盗まれたときのラバンのあわて様を説明してくれます。19世紀後半のドイツの自由主義の聖書学者らは、モーセ五書は伝説的なものであると論じていました。そのうちの一人の学者(Julius Wellhausen)は「聖書の族長の物語からは族長に関する歴史的な情報を得るのは不可能である。」と語りました。しかし、ヌジ板の発見は創世記が、族長時代の生活を正確に記録していることを証明したのです。

エブラ王宮の図書館

1975年に北シリアで、イタリヤの調査隊によって、2万枚以上の粘土版やその断片が発掘されました。そのうちの一枚に、創世記14章2節に書かれてある5つの都市の名(ソドム、ゴモラ、アデマ、ツェボイム、ベラ、)が記されていました。聖書の記録以外で、それらの都市の名が記録されていたのはこの発見が初めてです。批判的な学者らはそれまでそれらの都市を伝説上の架空の町であるとしていました。

モアブの石碑

1868年にディボン(トランス・ヨルダン)で発見された記念碑。この石碑にはモアブの王メシャが紀元前835年にイスラエルに対して起こした反逆が成功したことを記録されています。聖書には、メシャの謀反は2列王記3章4〜5節に書かれています。考古学によって掘り出された情報量と聖書の信頼性との間には正比例の関係があるようです。その情報が部分的で限られているときには、その知識が聖書の信頼性を否定しているかのように見えることがあります。しかし、その知識が増大するにおよんでは、その知識は聖書の信頼性を確認することになります。

(以上の考古学的な資料は、アメリカ、テキサス州にあるアベリン・クリスチャン大学のビル・ハンブル(B.J.Humble)教授の研究発表「考古学と聖書」に基づくものです。

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