聖書的視点ー「人を殺してみたくなった」

先日、長崎県佐世保市で高校1年の女子生徒(15)が殺害された事件で、被疑者である女子生徒は動機として「人を殺してみたくなった」と証言していると読みました。この女子生徒は精神鑑定も受けるとのことです。耳を疑うような事件が次から次へと起きています。悪い冗談か何かと思えるような事件です。一つ間違いないことは、悪魔が人の心を惑わし続けているということ。生まれたときは、可愛げな赤ちゃんが育っていくうちに豹変していく。心も行動も変わっていく。人を人と思わぬ悪魔の召使として変わっていく。ホラー小説にも出てきそうなあらすじが、そのまま現実に起こっているのが今の世の中です。

私たち人間の心には3つの欲望の要素があります。その3つとは、肉の欲、目の欲、生活のおごりです。肉の欲とは、食欲から始まり性的な欲求があります。目の欲とは、目に見えるもので「すごい、かっこいい、あれ欲しい」と思える欲望です。また生活のおごりとは、自分が持っている物、社会的な名声や名誉を自慢したくなる欲求です。これらの欲求が度を越えると人を人とも思わなくなる、物としてしか見えなくなる、、、だから実験のように人を殺すことに対しても何の罪の意識もなくなってしまうのでしょう。本当に恐ろしいことではないでしょうか。では私たちは、どのようにこの悪の力から守ることが出来るのでしょうか。

罪を犯す者は悪魔に属します。悪魔は初めから罪を犯しているからです。悪魔の働きを滅ぼすためにこそ、神の子が現れたのです。(1ヨハネ3章8節)

イエス・キリストは、人間社会にはびこる悪魔の働きを滅ぼすために来ました。キリストを信じる者は、神の御言葉によって清められ、また聖霊なる神によって守られます。悪魔の働きは絶えず人間たちの心に入り込もうとしています。悪い影響を与えようとしています。社会全体を混乱に落としいれますます混沌とさせるのです。人々の愛は冷め、お互いに非難しあい敵対関係をつくるだけで、それぞれの人々、国々が自己主張するだけの世の中にしようとしていると私は思います。
このような世界に生きていても、クリスチャンは冷静でいられるのです。あなたはどうでしょうか。自分の心に問いかけてみましょう。

2014年7月30日(日)

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