聖書は語るー自分の容姿を見て・・・

自分の容姿に自信を持っている人はあまりいないでしょう。背が低い?高すぎる?痩せすぎ?太りすぎ?鼻、口、目、まつげ、髪の毛など、CGの着せ替え人形のように修正できたら直したいところがたくさんあるかもしれません。(人間は無い物ねだりが得意です。)実際、最近では気軽に整形できるプチ整形なるものがあると聞きます。もっとも顕著な例は故マイケル・ジャクソンさんかもしれません。(私は高校生の頃Jackson5の曲をよく聞いていたので、10代にも満たないマイケル・ジャクソンのイメージの方が強いです。)そのようにして、人間は自分のイメージを改善しようとするのですね。しかし、すべての人間は神によって創造されて愛されているのです。セルフイメージの出発点は神の愛にあると私は思います。
たとえ見かけは美しくなくてもイケメンではなくても、他の人を見て羨ましいと思う必要はまったくありません。神によって愛されていることに変わりはありません。生まれつき目や耳が不自由な方、身体にハンディキャップを持っている方も同様に愛されています。
自分がこの世で一人しかいないユニークな存在であると分かるからこそ、今のありのままの自分を愛せると私は思います。その意味では「がんばらなくてもいい。ありのままを受け入れよう」と思えるのではないでしょうか。自分が神から頂いている能力や力や才能を精一杯使うことによって神の栄光を私たちは現すことが出来るのだと私は思います。容姿や見かけの美しさにとらわれないで、神の愛によって内からきれいになっていきましょう。
人は一年ごとに年齢を重ねていきます。誰もが肉体的に衰えていくのです。人の美貌や力強さも失われていきます。でも人間の成長は止まりません。むしろ、神の愛によって人はますます内なる元気が出てきて成長していくべきだと思います。今日も神の愛によって満たされ素晴らしい日がおくれますように。

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