聖書は語るー縁起、幸運、不運

夏も終わり秋から冬になると、大学受験や高校受験をする人にとっては、いよいよ本当にエンジンかけてやらないといけない時期に入ってきます。1月、2月はもうそこまできています。 この受験シーズンには毎年雪が降ることが多いようです。 「受験生は受験にすべる前にすべって転んでしまう」 などと『縁起』でもないことを言う人も出てきます。(私もつい言いたくなるタイプです。) 受験生の親が聞いたらきっと怒るでしょうけど、受験する本人は気にしている余裕もないのではないでしょう。

『縁起』という慣習は結構厄介なものです。結婚式や葬式の日取りを決めるのも厄介な仕事ですね。 変に西洋化した日本人が、普段見ていない日本の暦を見るのもこの時だけかもしれないです。実は 『縁起』とは結婚する当人にとってはどうでもいい事かもしれません。 むしろ周囲の人間の方が気にしているのでしょう。 葬式にしてもしかりです。 死んだ本人はこの世にいないわけですから、どうもこうもいえない立場です。

人の人生は、縁起をかつぐことによって左右されているのでしょうか。あるいは運や不運で左右されているのでしょうか。もし縁起や運を信じていれば、いろいろな所にお参りをしなければなりません。悪い頃が続くのは祟りがあるのではないか?と考えたりします。家の方向が悪いのでは?名前の字画が悪いのでは?名前を変えたほうがいいかも?神社に行ってお清めをしてもらう人もいます。

確かにこの世に悪魔の影響はあると思います。悪霊の影響もあると思います。悪魔の目的は、人間を唯一の神から離れさせ嘘の神や霊を礼拝させることにあります。日本に古くから伝わる占い、西洋の占い、縁起を信じたことは私はありません。事実、毎日そのような慣習を破り続けていますが、未だ悪いことは起きていません。むしろクリスチャンになってから良いことばかりです。

イエスは再び言われた。「わたしは世の光である。わたしに従う者は暗闇の中を歩かず、命の光を持つ。」

イエス・キリストが与える光を頼りに生きていきませんか。

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