聖書の間違いと真偽を論ずる目的と方法論

このページは、聖書の矛盾ー間違い?を検証してみようという目的の基に作られています。聖書に関する科学的な疑問や真偽は、長い歴史の中で多くの本や討論会において議論されてきました。聖書の矛盾ー間違い?に関する疑問は、多方面に渡るためにこのページだけで取り上げられないものもあります。このページの目的は、聖書の真実性について理論的かつ知的な道筋を示そうというものです。理論的かつ知的な道筋とは、盲目的に聖書の真実性を信じるのではなくて、むしろはっきりと目を見開いて「知的な疑問」にチャレンジしていくことを指しています。

しかし私は聖書の矛盾ー間違い?に関するすべての疑問に答えられるとは毛頭思っていません。私が死ぬまで理解できないこと、知らないことがあるでしょう。そのような場合は、率直に「わかりません」と認めるつもりです。人の理屈によって、わからないこともわかったかのように語ることは愚かなことです。

Internet上では、聖書に関する多くのサイトが開かれ、無神論者からクリスチャンまで(それも違った伝統と教理をもったクリスチャン)、様々な立場の方々がご自分のご意見を書かれています。それらのサイトに反する意見も数多く寄せられているようです。言論の自由という意味でよい事ですが、時として、建設的な議論というよりは、論争のようになってしまうこともあるようです。しかし、このような聖書に関する論争は益のないものです。むしろこのページを読んで、「あー、こういう考え方もあったのか」と気軽に考えていただければ幸いです。

方法論:岩波書店、出版の広辞苑によれば、真偽とは「まことといつわり」とあります。まこととは真実ということばに置き換えて考えてみてもいいでしょう。なぜなら広辞苑によれば真実とは、「偽りでないこと」、「ほんとう」、「まこと」とあるからです。また偽りとは、「事実でないこと」、「ありのままでないこと」、「うそ」を指しています。これらの定義からもわかるように、真実と偽りは相反するというものです。ある事が偽りであれば真実ではありません。その逆も真なりです。

花の絵聖書の矛盾ー間違い?を検証するために、第一のステップとして、聖書理解の3つの原則について簡単に説明しておきましょう。第一にここでは聖書と進化論の関係についても言及してみようと思います。なぜなら聖書の矛盾ー間違い?に関する疑問は科学的なものだからです。この関係に付随して多くの疑問や質問を読者の皆さんは持っていると思います。たとえば地球の年齢や恐竜の存在などです。これらの疑問に断定的に答えるのはたやすいことですが、聖書の歴史観と現代科学の歴史観の違いを理解せずに答えることは浅はかなことです。これらの疑問は「知的な疑問または探求」であり、そこには盲目的に「これだ」と決め付けるのではなくて、むしろ読者の皆さんに「私の提案」を考えていただければ幸いです。

第二のステップとして、聖書の間違いや真偽と指摘される個所を取り上げてみましょう。この問題は今に始まったことではなく、聖書学の長い歴史の中でクリスチャンまたはクリスチャンではない人を問わず取り上げられている問題です。これらの疑問についても断定的な答えというよりは、読者の皆さんに一考いただければ幸いという思いでお答えしていくつもりです。 聖書の矛盾ー間違い?を検証するための第三のステップとして、聖書の真実性について言及します。聖書を信じない方に「聖書はこれ本の絵これ言っているから正しい」と言っても無意味な事だと思います。むしろ、歴史的に正しい書物なのかを、クリスチャン以外の歴史家の証言や考古学からの研究を交えて吟味してみましょう。さらに聖書がいつ頃から書かれどのように伝承されていったかも考えながら聖書の矛盾ー間違い?について考えてみましょう。

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