神の国に生きるー神の御言葉に応える4種類の人間

神の国に生きるー神の御言葉に応える4種類の人間

4月頃、ジャガイモを教会の裏庭に植えました。ジャガイモは比較的簡単に出来るんだそうです。石ころばかりの土壌でもきちんと芽が出てきて育っています。キリストの今日のお話は農業の譬え話です。

その日、イエスは家を出て、湖のほとりに座っておられた。すると、大勢の群衆がそばに集まって来たので、イエスは舟に乗って腰を下ろされた。群衆は皆岸辺に立っていた。イエスはたとえを用いて彼らに多くのことを語られた。「種を蒔く人が種蒔きに出て行った。 蒔いている間に、ある種は道端に落ち、鳥が来て食べてしまった。 ほかの種は、石だらけで土の少ない所に落ち、そこは土が浅いのですぐ芽を出した。しかし、日が昇ると焼けて、根がないために枯れてしまった。ほかの種は茨の間に落ち、茨が伸びてそれをふさいでしまった。ところが、ほかの種は、良い土地に落ち、実を結んで、あるものは百倍、あるものは六十倍、あるものは三十倍にもなった。耳のある者は聞きなさい。」(マタイ13章1節ー9節)

4つの土壌に種がまかれました。その育ち方は、良い土壌をもっているかによります。(1)コンクリートの道端、(2)石ころだらけの土壌、(3)雑草がいっぱいあるような土壌、(4)石ころ、雑草がなく空気がよく入った良い土壌。この話のポイントは、種が神の御言葉、土壌が人々の心として譬えられている点にあります。では、キリストの説明を直接聞いてみましょう。

「だから、種を蒔く人のたとえを聞きなさい。だれでも御国の言葉を聞いて悟らなければ、悪い者が来て、心の中に蒔かれたものを奪い取る。道端に蒔かれたものとは、こういう人である。石だらけの所に蒔かれたものとは、御言葉を聞いて、すぐ喜んで受け入れるが、自分には根がないので、しばらくは続いても、御言葉のために艱難や迫害が起こると、すぐにつまずいてしまう人である。茨の中に蒔かれたものとは、御言葉を聞くが、世の思い煩いや富の誘惑が御言葉を覆いふさいで、実らない人である。良い土地に蒔かれたものとは、御言葉を聞いて悟る人であり、あるものは百倍、あるものは六十倍、あるものは三十倍の実を結ぶのである。」(マタイ13章18節ー23)

良い悪いは別にして、聖書の御言葉を聴くその反応には4種類あるとキリストは教えています。最初は、聖書になんら関心を示さない人です。聖書の言葉を読んでも何の感想がない人もいるのも事実です。日本の文化の中では無理もありませんね。しかし、事実はそのような人たちから悪魔が御言葉を取り去ってしまっているのです。次のタイプの人は、聖書を読んで「素晴らしい言葉だ!」と少し感銘を受けるかもしれませんが、花火のように上がるだけで後が続きません。キリストの教えの根が心に張らないからです。三番めの人は、茨の中にいる人、聖書の教えよりも周りのことが気になって仕方ないのです。キリストの教えが大切とは知っていても周りのことのほうが大切になってしまう・・・結局は、キリストの教えの実を結ぶことなしに終わってしまいます。最後の人は、心が素直で神の御言葉を受け入れ実を結ぶ人です。さて、質問は、「自分は今どこにいるのだろうか?」「自分の心は素直にキリストの言葉を受け入れているだろうか。それともまったく興味がわかなくなってしまったのか。」人は、周りの状況によって熱心さも興味も変化しがちです。いつも完全な土壌でいられる人は少ないでしょう。だからこそ、もしクリスチャンであれば、自分自身を日々吟味する必要があるのだと私は思います。自分の心にある石ころや雑草を取り除き、素直に神の御言葉を受け入れましょう。

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