神の国に生きるー神の公平な裁き

この世の終わりには、すての人間が、どのように生きたかによって裁かれるときが来ると聖書には書かれています。その時にははっきりと善人と悪人とに分けられると言われています。イエス・キリストを信じる人もいれば信じない人もいます。信じてはいないけれど、他の人に親切をほどこし真面目に誠実に暮らしている人もいるのも事実でしょう。その逆に信じていると口では言っているけど、実際の生活はまったく正反対で陰では神の御心に反して生きている人もいるでしょう。世の中いろいろです。しかし、は私たち人間にどのような裁きをなさるのでしょうか。イエス・キリストをまったく知らずに死んでしまう幼い子供たちはどうなるのでしょうか。キリストは次のような言葉を私たちに言っています。

そこでペトロが、「主よ、このたとえはわたしたちのために話しておられるのですか。それとも、みんなのためですか」と言うと、主は言われた。「主人が召し使いたちの上に立てて、時間どおりに食べ物を分配させることにした忠実で賢い管理人は、いったいだれであろうか。 主人が帰って来たとき、言われたとおりにしているのを見られる僕は幸いである。 確かに言っておくが、主人は彼に全財産を管理させるにちがいない。しかし、もしその僕が、主人の帰りは遅れると思い、下男や女中を殴ったり、食べたり飲んだり、酔うようなことになるならば、その僕の主人は予想しない日、思いがけない時に帰って来て、彼を厳しく罰し、不忠実な者たちと同じ目に遭わせる。主人の思いを知りながら何も準備せず、あるいは主人の思いどおりにしなかった僕は、ひどく鞭打たれる。 しかし、知らずにいて鞭打たれるようなことをした者は、打たれても少しで済む。すべて多く与えられた者は、多く求められ、多く任された者は、更に多く要求される。」(ルカ12章41節ー48節)


上記の聖句からわかるのは次の3点です。
1.神の御心を知るチャンスが与えられなかった人を公平に裁く。
2.神の御心を知っていながら、それに従わなかった人を神は公平に裁く。
3.神の御心を知っている人には、従うことが求められる。

神は公平な裁きをなさいます。神は人間の幸せのためにイエス・キリストをこの世に送ったのです。人を裁くためにイエス・キリストが来たのではありません。キリストの言葉を素直に心に受けましょう。今日も神の大いなる愛によって祝福されますように。
2013年 5月9日(木)

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