聖書的視点ー人の心と話すことば

「こんなこと言わなきゃよかった」と後悔したことはないでしょうか。おそらく誰もが一度や二度「口がすべって思わず言ってしまった」、「いきおいで言ってしまった」、「腹が立ったから言ってしまった」のような経験をするのではないでしょうか。しかし、キリストによれば、私たちは思ってもなかったこと、考えてもなかったことを言ってしまったわけではありません。

「木が良ければその実も良いとし、木が悪ければその実も悪いとしなさい。木の良し悪しは、その結ぶ実で分かる。・・・人の口からは、心にあふれていることが出て来るのである。善い人は、良いものを入れた倉から良いものを取り出し、悪い人は、悪いものを入れた倉から悪いものを取り出してくる。言っておくが、人は自分の話したつまらない言葉についてもすべて、裁きの日には責任を問われる。あなたは、自分の言葉によって義とされ、また、自分の言葉によって罪ある者とされる。」

友人に悪いことを言ってしまった。傷つけるようなことを言ってしまった。言い過ぎた・・・・。そうはいっても、私たちはそのような悪い思いを心に常日頃どこかで抱いているから、そのような言葉を発してしまうのではないでしょうか。

神が教える真実はいつも人間が発見する真実よりも先を進んでいます。京都大学教授の浜田敦氏は、「人間の言葉」と題する話の中で次のように言っています。「言という字の本来の意味は(中国における)口から出てくるという意味をもっている。古代人は声というものは口から出てくる心だと考えていたということです。それは人間には心が非常に大切だということ、それが背景になって言葉が成り立つということです。」無意識に使っている言葉は、私たちの隣人に多くの影響を与えています。時には悪意もないのに人を傷つけてしまうこともあるのです。言葉は両刃の剣です。一言で人の心を殺すことも出来るし、また一言で人の心の重荷を取り去ることも出来るのです。イエス・キリストは、私たちが日々使う言葉に愛と希望を与えてくださいます。この方が幸せに生きる秘訣を教えてくださるのです。イエス・キリストの言葉に耳を傾けてみましょう。心から貴方にお奨めします。
2014年10月25日(土)

今日を生きる

聖書ーキリストは人生を変える サイト内検索 グーグル

Designed by CSS.Design Sample