キリストの宣教ー神の御国

イエスはガリラヤへ行き、神の福音を宣べ伝えて、 「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」と言われた。(マルコ1章14節ー15節)

旧約の時代には、物理的なイスラエル王国がたてられました。天にいらっしゃる唯一の神が王なる王でしたが、イスラエルの人々は過ちを犯しました。主なる神である王に委ねずに人間的な力に頼ってしまったのです。イエス・キリストは、物理的な王国をたてに宣教を始めたのではありません。むしろ、神様の支配が心に宿る神の御国を建設するために父なる神から遣わされました。その御国は、キリストの十字架と復活によって成就されました。

神の御国がどんなものか、主イエス・キリストのたとえ話を読んでみましょう。
マタイ13章24節ー50節

天の御国は、人にとって何よりも大切なものです。衣食住よりも大切、財産、どんなものよりも大事なものが強調されています。同時に、天の御国では、神様の支配と裁きがあることも強調されています。この世の中と解釈できるかもしれませんが、教会(クリスチャンの共同体)とも解釈できます。私たちが天の御国に入る意義は、主なる神に委ねる、信頼する、従順に従ってこそ生かされます。さもなければ、主の裁きが待っているのです。

いずれにせよ、主イエス・キリストを信じない人たちは裁かれます。同時にクリスチャンも主に従わなければ裁かれます。主の十字架で示された愛と恵みにより頼み謙って生きいく、罪を告白していく、純粋な心をもって生きていく、聖霊なる神を悲しませることなく、自分を捨て十字架を負って生きてこそ、クリスチャンの祝福もあるのです。天の御国は狭き門です。
イエス・キリストの愛に満たされ感謝して、また神を心を尽くして愛しへりくだって生きるところにクリスチャンんお喜びがあるのではないでしょうか。

イエス・キリストは真理を語る

「何が真実で何が偽りなのか、本当にわからん!」とどこかで誰かが叫んでいるようです。私が20代の頃、私の上司が言っていました。「人それぞれに真理がある。その人にしかわからない真理があるものだ。」

若いなりに「私はそれも一理あるなあ」と考え込んだものです。真実、真理、この二つの言葉、微妙にニュアンスが違います。真理は真実よりも大きく、真実を含んだ原理ともいえるかもしれません。イエス・キリストは「わたしは道であり、真理であり、命である」とおっしゃっています。イエス・キリストは真理を語ります。その言葉に嘘偽りはありません。真実だけを語っているのです。

「人にはそれぞれ真理がある」と多くの人が考えるかもしれませんが、人間の真理はどこかで都合が悪くなると変わってしまうものではないでしょうか。年齢が重ねるたびに真理、新しい発見があるのかもしれません。しかし、イエス・キリストが語る真理は永遠の真理です。普遍の真理です。決して変わることがない真理です。

イエス・キリストはわたしたち人間が心から信じるに値する方です。この方には真理があり光があります。そして命があるのです。この方を知ってみましょう。人生の見方が変わるでしょう。あなたの人生の構造改革が行われます

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