わたしの日本人論と憲法9条

イエス・キリストは敵を愛しなさいと教えています。その意味では戦争は放棄すべきものだとわたしは信じています。しかし、憲法9条に関する改正及び護憲の議論については多くの疑問をもっています。

憲法9条に対する日本人の対処の仕方は、日本人の特性を如実にあらわしているとわたしは思います。憲法9条は次のように書かれています。

第2章 戦争の放棄

第9条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

憲法改正、憲法護憲の是非をここで書くつもりはありません。むしろ護憲運動から見える、日本流の建前と本音について論じていきます。憲法9条によりますと、日本は軍隊は持たないと書かれていますが、わたしたちは自衛隊を持っています。(自衛隊に関する法律は1954年7月に制定されました。)理論的にいえば自衛隊は軍隊ではないですが、それは建前です。もちろん、自衛隊がもっているミサイル、戦車、戦闘機、自動小銃などが、実弾もなくモデルガンのように玩具であれば話は別ですが。憲法護憲の人たちも自衛隊が軍隊であることは認めています。しかし、一たびそれを公に認めたら地すべり的に右傾化になると恐れているのが現状ではないでしょうか。

わたしは自衛隊そのものが憲法違反だと考えています。しかし、このような私の意見は、日本人流の建前と本音の使い分けを理解していないと解釈されるのです。わたしはここに日本独特の風土と文化、曖昧文化があると思うのです。グレイゾーンを残しておきたいのが日本人です。わびとさびの世界にも通じるものでしょうか。曖昧に残しておいても看過できる世界が日本には文化としてあるのです。憲法9条はまさに日本の文化の象徴ともいえるのではないでしょうか。
2014年 5月4日(月)

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