聖書は語るー日本人の文化と歴史観

創造主なる神は天地万物すべてを支配していると聖書は教えています。その意味で、神は古代時代から歴史を動かしてきているのです。聖書が教える歴史観は、始めがあり終わりがあるということ、私たち人間はその歴史の中で活かされているのです。

歴史は点の動きがつながって線になっていきます。ある日突然、ある事が起きることはありません。必ず、その事が起きる背景があります。歴史と文化は同じ歩調で歩いていますけど、文化は後からくっついてくるのです。文化が歴史の先に出ることは決してないのです。今の時間の一歩一歩が歴史になっていきます。ある地域のある特殊な文化の起源を探る時、歴史の糸をひも解かなければなりません。何が起こったのか。なぜ、どのような背景で起こったのか。その出来事がどのような形で文化の礎になっていったのか、文化に影響を与えたのか。 点と点がつながって歴史が出来上がっていき文化が形成されていくのです。

私たち日本人の歴史観と文化の関係はどんなでしょうか。日本の歴史において点がつながらない時期がありました。歴史観が分断される時がありました。明治維新において新しい文化、西洋文化が入り込んで旧い文化が検証されずに捨てられてしまったのです。その後は西洋に追いつけ追い抜けでやってきました。さらに1945年の終戦においては、今まで信じてきた天皇崇拝が間違いであったと気づかされたのです。一夜にして世界観を変えなければなりませんでした。その時も何の検証もなく怒涛の時代を日本人は生きてきました。その結果として日本の文化の点と点もつながらないのです。日本文化とは何かと聞かれると、どこに基準を置いていいのか日本人は困るのです。俳句や短歌でしょうか?茶道でしょうか。すし、ラーメンのような食文化でしょうか。もっと古くは和歌でしょうか。
江戸時代にはどんな日本語を話していたのでしょうか。歴史学者でないとわからないことが多いのです。現代の日本人の文化の基礎を気づいているものは西洋文化でしょうか。かなり西洋の影響を受けていますが、日本は特殊な状況下で独自の日本文化を築き上げてきました。しかし、多くの日本人はなぜそのようになったのかを気づいていないのではないか?とわたしは疑問に思うのです。

聖書が教える歴史観がわかると、この世の中の出来事を違った観点から見ることができます。人間の歴史を振り返る時に愚かなことの連続であることに気づくでしょう。いつの時代でも似たような事件、馬鹿げた出来事が起きるのです。そんな中でこの世は確実に終わりへと一歩一歩向かっています。あなたはこの世で生かされています。どのように生きるかが問われているとわたしは思います。
2014年 4月24日(木)

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