愛なる神

天地万物を創造された神は、人間を神のかたちとして、神に似せて創造されたことはもうすでに説明しました。神のかたちとして人間は、神のように考える力を持ち、判断力を持ち、何かをつくり出すことが出来る創造力も持っているのです。この人間を神は何よりも愛しておられます。親が自分の子供を愛する以上の愛を、神は私たち人間に日々注がれているのです。ところが、人間は自らの自由意志によって罪を犯し、神の教えを背き、神の存在と権威さえ認めないようになりました。それでも神の愛は留まるところを知りません。この愛は、全人類に善人にも悪人も注がれているのです。神は、究極の愛をイエス・キリストを通して示されました。

神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。神が御子を世に遣わされたのは、世を裁くためではなく、御子によって世が救われるためである。御子を信じる者は裁かれない。信じない者は既に裁かれている。神の独り子の名を信じていないからである。光が世に来たのに、人々はその行いが悪いので、光よりも闇の方を好んだ。それが、もう裁きになっている。悪を行う者は皆、光を憎み、その行いが明るみに出されるのを恐れて、光の方に来ないからである。 しかし、真理を行う者は光の方に来る。その行いが神に導かれてなされたということが、明らかになるために。」(ヨハネ3章16節ー21節)

人間たちが命を得るために、罪の呪縛から解き放たれるために、イエス・キリストは天からいらしたのです。そしてこの方を信じる者は誰でも罪の赦しをうけ、神の御国へと入ることが出来ると約束されているのです。イエス様は世の光として来られました。悪を照らし出し私たちが悔い改めるようにとイエス・キリストは愛をもって真理を語ったのです。

無償の愛

日本には古くから「お返し」という慣習があります。結婚式、御葬式、近所でのお付き合い、親戚のお付き合い、それぞれ何かをもらったらそう相当のものを返す慣習です。結婚式でも何でも物をもらった方は返すの儀礼としてまかり通っていますが、返さないと「礼儀知らずだ」とレッテルをはられます。物をプレゼントする方も何かお返しがあるとつい期待してしまうものです。逆にお返しなど面倒だといってそのような物を受け取るのが嫌に感じる人もいます。 しかし、何の見返りも期待しないで親切は出来ないものでしょうか。見返りがなくても良いのではないでしょうか。主なるイエス・キリストは、無償の愛を教えています。敵をも愛す無条件の愛を教えています。持ちつ持たれつ、ギブアンドテイクの愛ではありません。無条件の愛で満たされた人間社会はイエス・キリストによってのみ可能なのです。 今の世の中、お返しとしてお礼が返ってくるどころか、逆に騙したり騙されたりの騙しあいの世の中とも言えるかもしれません。詐欺は振込み詐欺だけではありません。大きな会社でも偽証、偽善、いろいろな嘘偽りが相次ぎ行われています。

それではこの三位一体の神が人間とどのように関わっているのか考えてみましょう。 創造主なる神が私たちをそれ程、愛してくださっているとすればなぜ自然災害などが起こるのでしょうか。東日本大震災のような災害がなぜ起きるのでしょうか。人間を苦しめるのが神のお仕事なのでしょうか。決してそうではありません。自然災害、不治の病といわれるような病気はすべて悪魔のわざです。しかし、自然社会の中で神が人間に苦しみをもたらすような事を許容されているのです。悪魔は人間を苦しめるためにまた神から離れさせるためにこのような悪を行います。
人間が苦しみの中で神の愛の大きさを気づく時があります。また自分の存在がどれ程小さいものか気づく時があります。実はこのような苦しみは、私たちに神の存在や神の愛を気づかせる絶好の状況ともいえます。最初は「苦しいときの神頼み」かもしれませんが、それでも少なくともその人の心は真実の神の方に向いているかもしれません。神は私たちの一人でも多くの人間が、創造主なる神の権威を知りその愛を知って悔い改めるのを神は望んでいるのです。
神は、私たちが生まれた時から今までをすべてご存知です。私たちの生まれ育った環境や性格、髪の毛の本数さえもご存知なのです。神は天にいらっしゃいますが、遠く離れている方ではありません。私たちの心に常に語りかけようとしています。問題は、私たちがその声(耳に聞こえる声ではありません)に気づくかどうかです。
神は聖なるお方です。多くの方々にとってこの意味も聞きなれない言葉ですね。真実の神がどんなお方であるか理解するうえで、非常に重要なテーマです。最後の項目ですが、おそらく聖なる神の意味を理解しなければ、神を知った、理解したとはいえないでしょう。聖なる神は聖なる愛を持っておられる方です。神は、「罪を憎み、人を憎ません。」神は、罪を犯している人間を見てありとあらゆる手段でいつも御言葉を伝えています。すべての人を悪魔から逃れさせ罪の呪縛から解放したいのです。しかし、私たちは神のロボットでも操り人形ではありません。私たちが神の愛に応えるかどうかです。聖なる愛によって神は、人々を悪から悔い改めるように様々な方法で私たちに働きかけます。時には試練や困難も、神は私たち人間に罪の重さを気づかせるためにもたらすこともあるかもしれません。 どうか真実の神の愛に気づきましょう。神はあなたを愛しておられます。あなたが、神の大きな愛に気づくのを待っておられます。キリストにあって新しい人生を歩むために、大きな一歩を踏み出しましょう。

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