聖書的視点ー信じる

スコットランドのグラスゴーグリンで伝道集会で一人の人が立ち上がり、「私は天国も地獄も神も、またキリストを見たことがありませんので、私は信じません。」と叫んだ。ところが他の人が立ち上がり、「皆さん、皆さんのそばをクラウド川が流れ、岸辺には草や木が生えていると私に教えてくれました。しかし、私は生まれつきの盲人でそんなものは何一つ見えません。私にとっては、そんなものには無に等しく信じられないものなのです。しかしここにあることは事実でしょう。それから不信仰者にむかうと、「あなたは話せば話すほど自分の無知を表しています。あなたは霊的に盲人で、何も見えないのです」と言い聞かせた。(キリスト教例話事典2−259)
非常に考えさせる話です。主キリストは心が迷い騒いでいる私たち人間に次のように言っています。

イエスは言われた。「わたしがこの世に来たのは、裁くためである。こうして、見えない者は見えるようになり、見える者は見えないようになる。」 イエスと一緒に居合わせたファリサイ派の人々は、これらのことを聞いて、「我々も見えないということか」と言った。 イエスは言われた。「見えなかったのであれば、罪はなかったであろう。しかし、今、『見える』とあなたたちは言っている。だから、あなたたちの罪は残る。」(ヨハネ9章39節ー41節)

「心を騒がせるな。神を信じなさい。そして、わたしをも信じなさい。」(ヨハネ14章1節)

キリストの言葉に耳を傾けてみましょう。徐々に道が開け心の重荷がとれていくでしょう。自分の力で真実を知ろうとするのではなくて、神の力によって心の目が開かれますように。キリストの言葉には素晴らしい力があります。今日も素晴らしい神の恵みの日でありますように。
2014年10月3日(金)

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