人間不信の世の中とイエス・キリスト

政治不信と言われて久しくなります。不信は政治に限ったことではありません。人間不信、世の中不信に悩まされた人々は、ストレスのはけ口を見つけることが出来ません。この様な人々は、些細なことで殺人を犯したりしてしまいます。ちょっとイライラしたからといって、若者が駅の構内で刃物をもって人々の命を奪ったり、また喧嘩になってしまい相手の方に傷害を負わせてしまった事件は枚挙にいとまがありません。または、親兄弟、子供を誤って殺してしまったと言うような事件は、テレビの刑事ものを思わされます。一見、世の中は平和そうに見えますが、多くの不信が人の心には渦巻いているのです。

その一方で、現在、様々な新興宗教が出没して、世の中は言わば混乱を極めている状態でしょうか。人はそれぞれ信仰の自由を持ち、ある宗教に入信したり、または自分自身の信念に従って生きています。そのような状況のなかで、人々は二極化されたように宗教を受け入れ、または完全に拒絶しています。宗教に入信する方は、政治不信、世の中不信と言うやり場のない世の中で、何か本物を見つけたいと宗教に飛び込むのでしょうか。入信した方の中には、全財産を創始者に捧げて救いを求め殺人の罪さえ、いとわない人たちもいます。そんな状態を見て、無信者の方々が「宗教なんてまっぴら御免」という感情にかられるのは無理のないことです。言わば、これは宗教的アレルギーと言われるものでしょうか。

現在、日本は、政治的に経済的に社会的に国際的に、すべての観点からいって混乱を極めている状態です。キリスト教も例外ではないかもしれません。キリスト教の名により、また神様の名により人を騙している人たちがいます。または戦争をしている人もいるくらいです。キリスト教の歴史を振りかえる時、そこには多くの間違い、偽りがあったことは事実として認めるべきでしょう。しかし、これは人間の罪ゆえに起きたのです。人間が行った過ちであり偽りだったのです。

私はキリスト教と言う言葉が好きではありません。なぜなら、その言葉自体に宗教臭さがあるからです。キリストは人間のあるべき姿を教えています。天地万物を創造された神様は、人間を創造し人間がどう生きるべきかを、聖書を通して私たちに語りかけています。

私も宗教に飽き飽きして後、キリストに出会いました。本当の本物です。この方に出会ってみませんか。

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