教会の起源

一般に教会とは建物を指していることが多いようです。「教会に行ったことがある」「教会で結婚式を挙げる」と言う時、教会の建物を指して言っているようです。 中世の教会では神の威光を表現するために、より高い教会堂、より大きな教会堂を建設しました。この長い歴史の中で、教会イコール教会堂(建物)というように変わっていったのです。元々、初期教会が存在した頃、教会堂のようなものはありませんでした。 クリスチャンは個人の家で集まっていたのです。 長い歴史の中で、本来の教会の性質も変わっていきました。 キリスト教の中には様々な宗派があり、各々の宗派がそれぞれの伝統を持っています。 そして、それぞれの教会が各々の伝統に基づいて違ったことを教えています。このような事は神が計画したことではありません。 教会はある宗教的なリーダーによって築かれた、という印象を持っている方もいると思いますが、本当の教会の姿は違います。 ハート
聖書が教えている教会とは、イエスが建てたものです。 教会の起源は神自身にあるのです。宗教的なリーダーが建てたものでも、ある特定の人間が建てたものではありません。 では教会がどのように始まり、いったいどんなものなのかを共に考えてみ見ましょう。 イエスが十字架に架けられ死んで3ヶ日後に復活されました。、

教会の始まり

弟子たちは、イエスの教えと復活の事実を伝える証人として任命されました。 「都で留まっていなさい」とイエスの命令を受け弟子たちは都で待っていました。この都とはエルサレムを指しています。 使徒行伝1章3節ー8節を読みましょう。

イエスのこの命令どおりに弟子たちはエルサレムに留まり、神からの賜物である力を待っていました。この時、イエスが言われたように、弟子たちは聖霊で満たされたのです。 そして、弟子の一人、ペテロがエルサレムに集まっていたユダヤ人たちの前で、イエスの死と復活について語り始めます。 ここで書かれている記録が、教会の初めであり、始まりだったのです。 使徒行伝2章22節ー38節を読みましょう。

教会の始まりとクリスチャン

ユダヤ人たちは、イエスについての死と復活のことばを聞き、自分たちが神の子であるイエス・キリストを十字架につけたという事実を知る時に、彼らは心を打たれ 「私たちは何て事をしてしまったのだろう。何をすれば神に赦されるのだろう。このままでは神の怒りは私たちに来てしまう」 と途方にくれてしまいました。そこで彼らはペテロに「私たちはどうしたらよいでしょうか」と尋ねました。 ところが、ペテロの答えは予想外に簡単であったのです。ペテロは2章38節で非常に重要なことを4つ言います。
(1)イエス・キリストを救い主として信じる。
(2)悔い改めるとは、生き方の方向を変えると言う意味です。自分中心の生き方、人が作ったこの世では何が正しいのか?による生き方、また人間の作った宗教による生き方から、神の教えに従っていく生き方に変えるのです。人は「自分が一番かわいいもの」ですが、このような生き方から改めて、神を心から愛し、その教えに従い、隣人を自分自身のように愛せるように方向転換するのです。 これが悔い改めです。
(3)イエスの名によってバプテスマを受けるのです。バプテスマは信仰告白した者の全身が、水の中に浸され、象徴的にイエスともに死に、またその全身が水からあがる時、イエスとともによみがえさせられるのです。
(4)バプテスマを受けた者は、罪の赦しと神の霊である聖霊を神の賜物として受けるのです。

聖書ーキリストは人生を変える サイト内検索 グーグル

Designed by CSS.Design Sample