聖書の霊的な意味

ウサギ  

ここでは、聖書の霊的、倫理的、道徳的な意味または意義は何なのかを共に考えてみましょう。
この学びは非常に大事なものです。神は様々な形で私たち人間に神ご自身の権威と存在を示されました。たとえば、私たちのまわりの完全な自然が、神の権威と知恵を知らしめています。しかし、私たち人間がどのように生きるべきかを自然は教えてくれません。神はイエス・キリスト、神の子である方を送り、人がどう生きるべきかを教えました。それらの教えが書かれているのが聖書なのです。つまり、聖書なしでは霊的、倫理的、道徳的な教えを受けることは無理なのです。


「聖書は誰によって書かれたのか」という質問は重要な質問です。数千年の間に聖書は時代を超え、神のことばとして人間の手によって書かれました。その意味で、著者は人間だということです。(上記の聖句は特に聖書の預言について言及していますが、聖書全般にあてはまることです。)しかし、その人たちが自分勝手な私的解釈を基に聖書を書いたのではありません。上記の聖句によりますと、実際に筆を執ったのは、神の聖霊によって動かされた人間でした。その意味では、聖書の著者は本質的には神ご自身です。


私たち人間を創造した神は、その教えを語る時に、生きているすべての人に語りませんでした。神はある人々を神の教えを語る代弁者として使い、そしてその教えを書かせたのです。この聖句が言っているように、聖書は教えと戒めと矯正と義の訓練とのために有益であり、私たちがどのように生きていくかを決める、人生の指針が聖書には書かれているのです。

聖書は神の御言葉

聖書を読み、学ぶ目的は明らかです。人はすべての良い働きをするために聖書を読み学ぶのです。神の教えに従い、神に喜ばれる人になるために役立つ聖書を読み、学び、またその教えに従うのです。道徳的な教えを読んだ時、ある人たちは「聖書は単なる倫理的、道徳的な良い本にすぎない」と言います。しかし、実は単なる書物以上の意味を聖書は持っているのです。創造主である神の教えに従う、という意味で、私たち人間が本来どのように生きるべきかを示している書物である、と言えるでしょう。次の聖句、ヘブル4章12節ー13節は聖書の重要さについてさらに言及しています。
「 神のことばは生きている」と言う意味を考えてみましょう。聖書は数千年前に書かれた書物ですが、20世紀の今でも私たちの生活に語りかけ息づいています。その鋭さは時代を超えたものであり、文化を超えたものです。神のことばは、知恵に満ちており、聖書を読むたびに私たちの本心が見透かされているようです。神がすべてを見通している事を、改めて私たちに教えてくれるのが聖書です。

この聖句は、聖書がさらに重要な意味を持っていることを示しています。聖書は、私たちが神に対して弁明するための判断基準です。つまり、私たちが神に従っているかどうかを、聖書を基準として神に弁明するのです。ですから、クリスチャンは聖書を教会や家庭で学びます。それ程、聖書はクリスチャンにとって大事なものなのです。

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